トーキョー・プリズン
柳広司さんの「トーキョー・プリズン」を読み終えました。
戦後の混乱が続く昭和21年冬の東京。元・海軍少尉フェアフィールドは行方知れずの知人の情報を求めて「巣鴨プリズン」を訪れる。
調査の交換条件として提示されたのは、囚人キジマと共にプリズン内で起きたとある事件の調査をすること。
キジマはたぐいまれな頭脳の持ち主で周囲から気味悪がられている一方、自分が何故ここに収監されたのか、戦時の記憶を全て失っていて……。
記憶喪失の囚人を探偵役に据えるという一風変わった安楽椅子(?)長編ミステリ。
翻訳もののハードボイルド小説を思わせる坦々とした語り口と話運びにじれったくなる部分もありましたが、その分終盤の展開に引き付けられました。
舞台が舞台なだけに厳しい表現やアクの強い描写も多々。日米両国と関係の薄い主人公の目線で語ることでバランスをとってはいますが好みは分かれそう。
特に日本人がなあなあで済ませがちな点に痛烈な「なぜ?」を突きつけてくるので、読み終えてなお飲み下せない砂のような思いが消えません。
ネタバレを含む感想は追記より。
冷静で面倒事を嫌うふうなのに、権力者に対しては喧嘩上等で身の程知らずなフェアフィールド。
イツオを一発K.O.するけど複数人にボコられる、甘い物は嫌いでヘビースモーカー、家賃はもちろん滞納中。
と、そこかしこに撒かれたハードボイルドのお約束を見つけるのが楽しかったです。
キジマが最後までフェアフィールドの本来の目的に触れなかったのもすごく「らしい」。
ほかにもホームズにオデュッセイア、胡蝶の夢、ラッセルの世界五分前仮説と好きな要素てんこ盛り。
遂にはフェアフィールドがあまりにもタバコをぽいぽい捨てるので
(まさかこれアクロイド殺し的なやつか?何かの伏線か?)
とまで考える始末。疑っておいて勝手な言い草ですが外れて良かったー。
話は変わってイツオが語った生命的飢餓感の話。
生理的飢餓感が食べたいという衝動なら生命的飢餓感は生きたいという衝動のこと、と受け取りました。
生理的飢餓感がエネルギーの消費に起因するように、生命的飢餓感も生の逆ベクトルに位置する死に起因しているのでしょうか。
人は生きるためにもそれなりの訓練が必要だと語るキョウコ。戦争は終わったのに何故死ななければいけないのかと叫ぶイツオ。
キジマが生について語る場面はありませんが、苦沙弥先生の猫に鼻で笑われたコギト命題のように概念ごと一蹴されるのかな。
最後にひとつ気になったこと。20年後にフェアフィールドが「キジマの夢」とした語った奇妙な地下道の夢の話。
作中でキジマが語ったのはサシミと宴席の夢。地下道の夢はニシノに廃材で殴られたときに見たフェアフィールド自身の夢だと思うのですが、あれはキジマに聞かされた夢を追体験したということなのでしょうか。
記憶の無いキジマの夢にゲンバクが出てくるということは夢の中のキジマは記憶喪失ではなかった?だから現実よりも夢の方が現実的に感じられた?
などと、読み直しながら色々考えましたが単にフェアフィールドが間違えただけな気もしてきました。
20年経って記憶がごっちゃになったのかフェアフィールド。
\Thanks for reading!/


